愛知淑徳大学短歌会公式ブログ

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本短歌会は平成28年7月26日に公認された愛知淑徳大学の短歌の同好会です。
前身は平成27年8月に行われた「短歌道場in古今伝授の里」に出場するために集まった有志五名による即席の短歌会でした。
四年生四名、二年生一名のその団体は大会後解散しましたが、二年生だった私が公認団体としてもう一度短歌会を結成しようと思い立ち、一年越しにその夢を叶えた形です。
現在一年生四名、二年生五名、三年生五名、四年生三名の十七名で活動しています。
通常活動は毎週火曜、木曜のミーティングと月一回の歌会です。

これまでの主な受賞歴は前身のものを合わせ以下です。
・「短歌道場in古今伝授の里」大学短歌会の部 準優勝
・第20回前田純孝賞 準大賞(三年松田)
・浅野梨郷顕彰短歌大会 入賞(三年松田)
・第2回うえだ七夕文学賞 秀逸賞(三年松田)
・第2回うえだ七夕文学賞 入選(四年松岡)

また、角川『短歌』平成28年7月号にて、コラム「大学短歌会が行く!」に愛知淑徳大学短歌会の紹介を載せていただいています。

歌会のお誘いや各種のご連絡はこちらにお願いいたします。→sktk_tanka@yahoo.co.jp


(文責:代表 松田)
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2020.08.15 23:36 | 未分類 | トラックバック(-) | コメント(1) |
岐阜大学日本詩歌研究会・愛知淑徳大学短歌会合同歌会記録

日時:2017年7月9日(日)
場所:愛知芸術文化センター

参加者(敬称略)

岐阜大学日本詩歌研究会

若林芳樹(司会)

愛知淑徳大学短歌会

鈴木夢眠
益田和寛
松岡里記(書記)

ゲスト

廣野翔一

詠草

題詠「スニーカー」
①ブルーカラー馴染むスニーカー心電図並ぶ白い箱
②真っ黒な革靴よりもスニーカー気取らず行けるカジュアルシューズ
③真っ白なスニーカーへとカラフルな靴紐たちが虹をかけてる
④山陰を縫い閉じるため嬰児が靴紐を結う白いスニーカー
自由詠
⑤濡れるシャツかっぱ忘れて自転車で蒸し暑い中家へ漕ぎ行く
⑥「さよなら」じゃなく「ありがとう」と言う練習 いつか来るべき時に備えて
⑦00(ぜろぜろ)に音の速さで巡り会う色とりどりにこわいおもいで
⑧きゅきゅきゅっと音鳴る靴を履く子らがノックしているあの世の扉

進行
1 詠草一首ずつに念人を割り当て一人ずつ読みを発表をする
2 一首ずつ意見を交わす
3 議論を踏まえて票を入れる
4 順位発表と自歌自注



・発表

1 念人 若林芳樹
スニーカーという題でいただいて……。スニーカーはカジュアルな靴だと思います。カラフルな色があって今回は青をとったものだと思います。上の句でブルーカラー――、蒼っていう色が馴染んでくる吐きなれたものであり、履きなれた藍が自分を表している。下の句で心電図――で色の対比が行われている。心電図は病院のイメージで不穏な空気が漂ってくる。死んではないと思う、生きながらえててほしい。自分に馴染んだ色と清潔感を表した色、何にも染まっていな色で、そいういう対比が効いている。学生生活で馴染んできたけど、馴染んできたけどまっさらではいられなかったみたいな。提携でないとこはちょうどいい読みがないので仕方がないかな、とか。定型にはまらない不穏な感じ、読み手に考えを想起させるものなんじゃないかと思います。

2 念人 松岡里記

3 念人 益田和寛
靴がたくさん並んでる様子が浮かんだ。真っ白なスニーカーがいくつもあって、そのそれぞれ靴紐の色が違ってて、その並んでる姿が虹色のようにきれいな感じなのかなっていう、その最初に真っ白っていう白一色だったのが、下の句のカラフルな色が出てきて鮮やかにさせてるような歌だなと思いました。

4 念人 鈴木夢眠
嬰児は赤子のことみたいですね。意味が分かりにくいというか。白いスニーカーということは、真っ新な状態でお腹を開けましたみたいな話なのかなって思いました。帝王切開みたいなものを浮かべて、生命が生まれましたみたいな感じかと思いました。

5 念人 廣野翔一
わかりやすい歌。突然の夕立に当てられて。突然降るから夕立で、雨具とかの用意もなく、他の交通手段もなく行きと同じように帰りも自転車で雨の中を、夏の蒸し暑い中を家へペダルを漕ぎながら行く、すごい災難な歌ですね。

6 念人 益田和寛
なんとなくですが、この歌は重い決断というか、そういうのを感じさせる歌だなって思いました。さよならじゃなくありがというというのがよくわからないのですが、誰かと別れるのを、別れよりもありがというという感謝をしたいのかなって思って。でそれがいつか来るべき時っていうのがすごい何時ものことじゃなくてその時っていう、ちょっとその時だけって感じがとても儚い感じがしました。

7 念人 若林芳樹
00ってなんだってとこから始まって、音の速さでって始まって、何か、突然のことなのかなって思います。00ってのはゼロコンマっていうときのあれで、音のスピード感が出てるのでないか。色とりどりは、走馬燈みたいに怖い思い出を映してるんじゃないかという。1との共通点として、これも死に直面してるんじゃないかなみたいな。こわいにひっかかりがあって、楽しい思い出もあるんじゃんじゃないかって。全体に考えさせられて、自分の中で結論が出た時におーってなる歌じゃないかと。

8 念人 鈴木夢眠
子供の白窟があの世のドアをノックしてることがホラーだなって。子供の生死が気になって。死んでたら若いうちに死ぬ、世界名作劇場みたいな悲劇だなって。あの世の扉がどこにあるか気になって、踏めるのかとか、不思議な感じがしました。 

意見

1 スニーカーのあとに心電図って言葉が出てくることが意外だなって、その取り合わせがいいなって。白い箱ってのは心電図を映してるコンピュータみたいなものなのかなって思いました。
  なんでブルーカラーなのだろう。青色でもいいのでは? 初句五音で始められるからスタートがスムーズになるかなって。必然性がないのかなって思いました。ブルーカラーっていうとホワイトカラーの労働者やブルーカラーの労働者の方に惹かれて、横道にそれる読みを誘発するかなって。あとわかりにくくて、ちょっとした前衛芸術を見てる感じがしました。
  ブルーカラーは韻を踏んでるんじゃないかなって。伸ばし棒のあるとことないとこでメリハリになってるのでは。ブルーカラーとスニーカーの韻、のびのびさ。青色では薄れるのでは。
  上と下で関係ないものが二つ置かれていて、互いを消し合ってるんじゃないか。
  白い箱はモニターに映ってる線の一つが心電図だから。
  読んでくうちにこういう解釈なのかなって。ブルーカラーはホワイトカラーと対照的な工場とかで働く体力仕事みたいなそういう意味合いなのかなってのもあるんですけど、たしかブルーカラーに馴染むってことはその人がやってる工場の仕事に馴染んで、スニーカーは仕事するときにはいてるんじゃないか。心電図並ぶは健康診断かなんかで心電図ってあった気がして、工場で働いてる人の健康診断、心電図検査を並ぶ白い箱ということは、一斉に検査してる様子なんじゃないかと思いました。
  その意見は心電図を一斉にやるものかなって思った。その解釈を尊重すると助詞の省略が生きてないので、入れると親切。初句は7音のほうが歌を投げかけやすいんじゃないか。

2 外出する人の楽しそうなイメージがある。今からお出かけに行くのでわくわくだなって感じが。革靴だと学校とか、高校では制服だから。週末に出掛ける明るい話みたいでいいなって。
  率直。就活中なら自分をよく見せたいから普段はしないことをしたりする、格好だから、違う自分で行くところを、カジュアルなスニーカーであれば背伸びせず気軽に行ける、という学生目線の歌なのかな。でもそれだけでいいのか、それだけで終わっていいのか。真っ黒にひっかかって、たしかに革靴は黒いけど、おそらく裏はなくて率直に読めばいいのかなと思います。カジュアルさが率直に出てる。
  
3 虹なのかって。虹は七色で靴紐って基本的に一本物で、虹っていう比喩がどうなんだろうなと。見立てが上手くいってないかなって思って。現実寄りで読んだときに。真っ白なスニーカーと虹色の靴紐のファッションの妥当性とか。それかスニーカーがいっぱいあって、紐の色がそれぞれ違うなのかな。成功してない。
  真っ白なスニーカーっていうと学校指定のスニーカーをイメージして、靴紐の替えは出来るから、指定の範囲で個性を出したいのかなって。虹をかけてるはよくわかなくいけど、まだ未来があるよ、中学生なら先はないので、みたいな感じでもいいけど。でも虹は人それぞれってことで読めばいいかな、と。
  高校生のスニーカーの靴紐がカラフル。基本的に女の子がやってる。女の子は水色とかピンクとかそういう靴ひもにしてることが多くて。カラフルさはたしかにあり、虹はどうかなと思うけど、見ていて他に色もあると思って虹にしたんじゃないか。
  仮に虹色の靴紐だとしても普遍ではなさそう。

4 縫い閉じるってのは靴紐を結ぶことと関連付けてるのではないか。山陰と嬰児という言葉のチョイスがわかりづらいとは思うけれどそれだけ神秘的なものを誘発する材料になってる。嬰児は赤ちゃんだから色の対比があるとか、帝王切開のあとの生まれてきたお母さんのおなかを縫い合わせるとの重ね合わせはある。全体的に話が大きすぎてまとまってなくて、考えが帰着しなさがある。
  山陰っていうと、山陰地方が出てくるけど、それを縫い合わせてるんならスケール大きいなって。その、最初の、解釈があってるかはわからないけれど。最初にスケール大きいことをいって、最後はスニーカーの靴紐を結ぶだから、その対比の軽重が面白いなって。
  山陰は山の影ととって、そこを閉めたいという感じなのかなって。そうすると下の句の意味がわからなくなるし。それか山陰と産院をかけてるのかなって。それならば平仮名の方がいいのかなって、色々考えることがありすぎて、ちょっとわからないです。
  山陰は地方でなくて山の影だと思う。全体的に解釈が難しい。
  スケールのでかさ自体。スケールのでかい歌自体はある。かわのゆうこの歌で琵琶湖の話がある。淡水を抱いて器みたいなその近江の国、という歌もあるから。下の句のスニーカーが山陰とあってない。上の句と下の句のロジカルさがなく、まったく説明になってない。これでもかというレベルで説明になってないという感じがする。嬰児が詩歌の言葉として強い。歌語、俳句とかに用いられる言葉。

5 最初の濡れるシャツって言った時点ではなんのことかなって思うんですけど、途中からだからシャツが濡れてるのかという、あとからわかる感じの歌ですね。日常のありふれた場面の良い歌なんじゃないかと思います。
  今の季節にスゴイぴったりだなって思いました。雨が降るのも蒸し暑いのも今の季節に出るのはいい歌だなと思いました。
  とてもこの季節にぴったりの歌だとは思うんですが、自転車で蒸し暑い中に――、なんかやっぱりこう定型に近い形ではあるけれど文章な感じがしますね。夕立に降られて自転車で急いで帰ってくと言う光景を切り取るのであれば、もっと歌にできる様相があったんじゃないかなと。
  
6 いつか来るべき時って何だろうって。さよならだと日常的な、学校のまた明日みたいな。ありがとうだと永遠の別れのような気がして、さよならがまた会えるなら、ありがとうは別れで。それに備えてありがとうの練習なのかなって。でもそれだと相手が死んじゃうのかなって、そんな感じがしました。
  練習自体がそもそも、いつか来るべき時に備えるものだから、それを下の句もう一度言ってる感じがする。始めはダメだと思ったが、そこまでダメとも思えなくなってきたというか、この主体って自分の中にくる別れを自覚してる。その認識がなんか下の句で滲んでる感じがして、それが悪いとも言えなくなってきた。いつか来るべき時、下の句は大事なことを二回言ってる感じ。可能性がある下の句っぽく見えてきた。評価としては保留。
  この人物はさよならはすっと出てくるけどありがとうは言いづらいか言ったことないのかって意味で練習してるのかなって思ったんですけど、この人はちょっと冷たい人なのかなって思ってて、この人の周りはいろんな人と出会うんですけど、ずっとついてくって感じじゃなくて、いつもどこかで別れの場面が多くて、さよならばっかり言ってしまってるっていう感じなのかなって思った。その人が自分を振り返った時に、相手に感謝してないんだなってのを自覚して、これからはありがとうというようにしようって、いう風に思ってそれで。いつか来るべきってのは、その人が好きな人が出来てもしその人が言うんだったらちゃんとありがとうと言いたいというか、そういうことなのかなって思いました。

7 最後が平仮名なのがなんでかなって。00が伏字的な可能性もあるし、それ以上かもしれないし、何もないかもしれない。
  こわいおもいでが平仮名なのが気になった。最初の00が細かい秒数を指してるとしたら00にカチっとした感じがして、それに対比して平仮名を置くことで何かをぼかしてるのかと思った。のと個人的な意見ですけど00にっていうところを見てると顔っぽいなと。「00」が目で、「に」が鼻で、顔に見えた。(歌稿で「00」が縦中横になっていたことから)
  こわいおもいで、は手法としてはあれだけど、手法としては聞いてるんじゃないかなと。漢字で書くよりこっちの方。下の句のこわいおもいでが色とりどりであることにリアリティを感じた。上の句はよく分からない、00とか。
  こわいおもいで、は幼少期なのかなって。何か丸みを帯びた感じが出てきて、子供の頃にお化け屋敷ったって、色とりどりがそれに対応するとも思ったのですが、問題は、色とりどり「に」という接続詞で「の」じゃないのかと。「の」で続くと名詞が続き、「に」で続くと形容詞が続く。こわいおもいでで、一つの名詞を形成して「の」でいけるのかな、と。
  さっき薬物という解釈が出て、そうだとしたら、薬物をしてる人の状態次第では漢字が出てこないことがあるんでないか。保険の教科書でみたような。薬だとしたら平仮名が出てこなかったという、腑に落ちる。

8 初句の擬音の上句のちっちゃい子が履く靴、からの下の句でいきなりダークなものが登場する。靴が歩いていることを表しているなら、生まれた時から死へ向かっているという、上手く言えないが一生を託しているのでは。ただノックはすぐそばにある感じがして気になった。
  早くに亡くなった子供でないか。よっぽど早くになくなったと考えられる。早くに亡くなった子供が成仏しようとしている感じ。しいて言うなら、あの世の扉かな。あの世この世という言葉が俗っぽい。ノックしているという言い方も、俗っぽいイメージが交錯していることがあまりいいとは思えない。
  上句はかわいくて楽しくてと思ったけど、下句で一気に怖い感じになってくなって思ったんですけど。読んでくと亡くなった子があの世に言ってしまう話なのかな、と。もしかしたら逆で、もうすでに亡くなってる子が、僕らは生きてるからあの世は死んだ世界だけど、亡くなった子から見ると僕らの世界があの世って思うこともできるんじゃないかと思う。すでに亡くなった子がこの世に行こうとしてるのかなって解釈も取れるんじゃないかなと思いました。
  たしかにいわゆる、こそあどの言葉は相対的で絶対的ではなく流動性があるけれど。逆にとらえると死んだ人の世界にとっては、あの世がこの世。早くに亡くなった子供が生への欲求を出すために僕たちの世界で言うところの、この世の扉を叩いていると取るとものすごいホラー。ただそうすると「子ら」で複数だから、大変なホラーになる。あの世からみたこの世があの世であることは、素晴らしい読みだと思いました。意見に対する意見でした。
  テレビcmを思い出した。靴が並んでることは交通事故感があった。
  靴=交通事故は出るが、「履く」という現在形が気になった。

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自注(とそれに対する意見)

1 鈴木夢眠
批評の中でブルーカラーについて出たが、自分では肉体労働だった。上の句と下の句はわざと分離させるように作りました。上の句で昔の姿、下の句で入院してるんですけど、労災にあってこうなったみたいな話でした。慣れてきたころに事故して入院したという風でした。みなさんの解釈が面白かったです。

2 益田和寛
自身が就活を終えたばかりで、就活をしてるとリクルートスーツに黒の革靴を履いて説明会や面接に行ってて、会社の人に良く見せないといけないので、気取るというか、本当の自分が出せないような環境でっていうのが続いてたんですけど、それよりもスニーカー履いてスニーカーだったらカジュアルで気取らず行けるなっていうストレートな歌です。

3 若林芳樹
学校が指定した白いスニーカーに対してカラフルな靴ひもを結んで表現したい中高生の心中を描いたものです。例えば昇降口のようなところに色とりどりの靴紐があって、虹に例えて表現しました。かけてる、はかけ言葉的な意味合いもあった。あまり意味をなしてないとも思った。

4 松岡里記

5 益田和寛
実体験を詠んだ歌。自分は学校に行くときに家から駅まで自転車に乗って乗り換えてくんですけど、行くときに晴れてたり曇ってても自転車で行くんですけど、帰りに通り雨が降ってしまって、行きで晴れてたんで、もっていかずに出ちゃったんで、帰りはシャツとかも全部濡れて蒸し暑い中、家に帰る様子を歌にしました。

6 若林芳樹
これを描いた時点ではまず老夫婦をイメージしたんですね。ぶっきらぼな感じなんですかね。夫が昔ながらの難しい人だったとして、今までぶっきらぼうにしてたけど、その時が来たらありがとうを言えるようにしたいという、転換というかそういう部分を詠んだ。それに限らず恋人どうしやお別れのときとか、想像できる場面もあります。詠んだ時点では海老蔵夫妻のニュースはまだでした。

7 鈴木夢眠
これはなんの話かというと、トラウマとフラッシュバックの話です。何もない地点ではなく、上手く言葉にできない何か、トラウマを表現してます。トラウマって突然出てくるもので、意識ではどうにも出来ず、急に出てくるから早い。色とりどりは、準繰りではなくいきなりやってくる様。トラウマってその時から成長できず、その地点でのまま出てくるから、子供の頃の者は子供のまま出てくるから、適切な言葉さえ見つかれば解消されるので、まだ成長しきってないというところを表現した。

8 松岡里記


最後に 廣野翔一さんから

今日はなるべくしゃべらないようにしようと思っていたんだけど。自歌自注しないのが一番かな、と。歌の意味がわりとぴしっと伝わるのをなんとなく目指してほしいなと思いました。
結構物語を詰め込みすぎな歌が散見されるかなと、歌会の流れを聞いていました。自歌自注すると作者の方が救われるかもしれないけれど、粋ではない。だからなるべく――
自分が学生の時にやってたのは、自歌自注すると負けみたいなところがあった。はじめて来た人以外は自歌自注しなかった。
自分の中で伝えたいことが一首で収まるのか、連作でないといけないか、見極める能力をつけてほしいなと思いました。
2017.07.16 07:09 | 歌会まとめ | トラックバック(-) | コメント(0) |
2017年6月歌会記録

編集
松岡里記

日時:2017年6月15日(木)
場所:図書館セミナー室

参加者
鈴木竹志先生
森井マスミ先生

鈴木夢眠
あさかぜ
益田和寛
松岡里記(庶務)

詠草

題詠 タワー

①のぢしゃから始まる契り重い愛嫌だ!と叫ぶ届かない距離   鈴木夢眠

②キライだよゲートタワーもこの街もきみのかわいい笑顔や声も   松岡里記

③この街の空を刺してる電波塔月のうさぎは痛しと言う 益田和寛



⑤今昔(いまむかし)変わらぬ名古屋テレビ塔真昼の睡魔とコーヒーデート あさかぜ 

自由詠



⑦三日月の上に座った男の子釣り糸落とす何が釣れるか   益田和寛



⑨電報とブリザーブドフラワー来て祝ってくれた内定通知   益田和寛

⑩うらおもて見たいところに歩みだしまぶたの裏にはりつく思い   鈴木夢眠

⑪好きですと頬赤らめて告白を彼女も同じ頬赤らめて   益田和寛

選んだ理由

2 否定してるというか嫌っている。とげとげしい感じの嫌悪感が気になった。

3 空の捉え方が面白い
  月のウサギ空とと電波塔があって不思議な感じがしてでもそうだなって思ってちょっとsfちっくなとこがあっていいなって思った。
  この街の空という大きくとらえたところ。電波塔の尖ったところ、それが空を刺しているという感覚的な比喩が聞いている。この街の空から月のうさぎのとこまでいく鋭さ、それがうさぎに刺さってる、展開のダイナミックさが面白くとてもよかった

4 東京に何を弔うが想像の余地があってよかった
  タワマンが墓標になって、いっぱい建ってるのも別の側面から見たらよくないし、とか、すごい上手いなと思いました。
  本当は順番を変えるといいなか、とか。並びいるからの方がいいのかなって。わざとやってるのかなって(音的に)。たしかにマンションの林立を見てるとなんだなってのはあるんで。こういう捉え方は面白いというか(パルコの歌の話)、題詠としては上手く詠んでるかなって。

6 季節に関することでこれなくして夏はあり得ないという感じが伝わってきました
  胡瓜を抜くという具体というか細部というか。そこがいいかなって。わざわざ抜くっていう。しかも結句が非常にありふれた、夏は――で。胡瓜を抜く意外性と、ありふれた結句の意外性。

7 空想的な内容だけどしっかり詠めてる
  三日月の上に座ってるのが面白い。何か意味があるんじゃないかみたいな
  三日月の上というここから目に見えないという空間のところを歌っていて、面白いなと。三日月の上に座っている、満月だと座れないが、三日月は座りやすそう。それで釣り糸を落としてるっていう発想がよかった。落とすより、垂らすの方がよかったんじゃないか。男の子の語の必然性が弱い。釣り糸を垂れているという情景の発想が面白かった。

8 

意見

1 のぢしゃが平仮名か片仮名かという話。どうして題詠か。
  童話のラプンツェルとのつながり?
  物事を引っ張ってくるときに説明をどうするかという課題
  歌を通した時の柔らかさと硬さ

2 題の引っ張り方が不自然じゃないか。
  発展性というか、歌として欠けているというか。同情しているような。
  どこかにかわいさや、かわいらしい感じがある。
  ゲートタワーはそもそもビルか。
  初句にとげとげしさがあるのではないか。
  ――もというときに共通点はあるのか? ふつうはそう考えるけど。
  均質化されてるので、アイドルではないか。全部作られているという共通点がある。
  ケンカして何もかもいやになって、近しい人とじゃれてる感じ、そのうち気を取り直す様子が見えるような。

3 電波塔がタワー。
  いちゃもんをつけると、上手い歌だけど電波塔っていうのが。名古屋テレビ塔は現在電波塔ではない。
  東京タワーとかも電波塔ではない
  すごく洒落た歌。
  痛し、字足らずは特に問題はない。文語である。  

4 仙波龍英の歌が浮かんだ。
  なんかの標語に使ったらいいだろうなって、何かの社会問題に。
  読みにくいと思った。すごく。
  句跨りが行われている。タワー/マンション。
  
  
句跨りについて
「革命歌/作詞家に凭り/かかられて/少しずつ/液化/してゆくピアノ」塚本邦雄
5・7・5・7・7
前衛短歌 歌、韻律 今の言葉を韻律にしていく。
言葉が断絶してガタガタしてしまうのでまたぐ。
単調なリズムを崩すことであえて際立たせるような手法。違和感を内容に生かしていこうというような。

(句跨りには)百人一首的なものとか、相性とか、それぞれの人が持ってる。好みとか(との兼ね合い)がある。

5 今と昔のテレビ塔。
  形は一緒だけど変化し続けるものでないかと引っかかってしまって。
  デートしてるけど睡魔に襲われててちょっとおかしさがある。
  連続性がわからなかったかなって。テレビ塔に入ってる店なのかとか。
  名古屋の夜のライトアップ、店はすぐ閉まる/描写されてるものは昼

6 やはりあえてぬくってところがよさなのだろうか
  別視点から読んだので、父がすっごい胡瓜がダメで、父が浮かんで。匂いだけでダメになる人たちがいる。
  胡瓜入れかけたのか、入れなかったのか。最初はおいしそうだったなとは思った。
  

7 三日月の上に座ってるのがいい。
  星が釣れそう。
  ムーミンしか思いつかない。スナフキン。
  何が釣れるか、が気になった。問いかけない方が。落とすだけでも。そこに別の何かがあると面白いのでないか。
  何が釣れるかでいい感じ(世界観)が崩れてる。

8 

9 来てのあとの女子が抜けてる? 句跨りより助詞。もうちょっと推敲できそうな感じ。
  電報に何か加えて情緒を。
  内定でうれしくて推敲どころではない。
  電報が昔の時代のことかと思って、ブリザーブドフラワーが今のものだから、それで引っかかった。 
  人物があいまい。
  電報と内定通知で被ってる。
  抽象的。 

10 うらもおもても見たいところに歩みだしたら、まぶたの裏に貼りつく。漢字とひらがなが混じってて
   挑戦的。
   殻を破って飛び出していく。新しいところに出て挑戦してく感じ?
   寝てるのか、ストップして考えてるのか。
   もう少し具体を。

11 かわいい歌。
  そのままなのかな。
  繰り返しが上手くきいてるかどうか。俵万智は上手い。軽く歌っても必然性があってうまい。
  (歌と恋愛経験について)和歌の時代なら実例があるし、恋の歌では恋愛経験とか自身の性別とかは関係ない。
  この歌は繰り返しがきいてるかどうかが問題。俵万智の歌を横に並べるときに
  引いてみた時にそれだけかなってなってしまう
  「て」止めは短歌ではあまりやらない方がいい
  同じが不要、推敲すると終止形で終われる
  もう一言入れる
  もう一動作入れられると面白そう
  告白も被ってる。どんどん削れる。ほのぼのしてて情景はいい。言葉は整理できるかもしれない。




自歌自注とやり取り

6 なんとなく映像的にサンドイッチの胡瓜手で抜いてる光景が浮かんだので作ってみた感じです。そのまんま

10 実験的にあえて抽象的に呼んでみた。元々描写が苦ってなのもあり。
  →抽象的にしたとき印象に残るものになることもある
  瞼の裏に――がよくて入れたかった。
  漢字とひらがなで軽重のバランスをとった。悩んだ。
  →一つ一つの単語をおろそかにしないように。
  はりつくは読者に取らせたかった。
  →決めてやった方がいい。決めるとこ。
 
2017.07.04 20:00 | 歌会まとめ | トラックバック(-) | コメント(0) |
・メールアドレス
sktk_tanka@yahoo.co.jp
・住所宛先
480-1197
愛知県長久手市片平二丁目9
愛知淑徳大学 学生事務室又は教学事務室気付 愛知淑徳大学短歌会
・twitter
@sktk_tanka

文責:松岡
2017.05.24 13:19 | 連絡先 | トラックバック(-) | コメント(0) |
2017年6月の活動予定

・ミーティング
日時:6月6,13,20,27日(各火曜)
場所:長久手キャンパス図書館セミナー室

・歌会
日時:6月15日(木) 16::50-18:20
場所:長久手キャンパス図書館セミナー室
詠草
題詠「タワー」一首
自由詠一首
提出先、連絡先 sktk_tanka@yahoo.co.jp
締切:6月14日(水)18:00

文責:松岡
2017.05.22 22:22 | 活動 | トラックバック(-) | コメント(0) |
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